「はぁ・・どうすっかな」俺は溜め息まじりにそう吐いた俺は一昨日まではそこそこ有名な美大に通っている普通の学生だったしかし、親父が交通事故に巻き込まれちまったらしく、そのことを一昨日の夜に母親からの電話で涙ながらに伝えられた元気の塊のような親父だった、多少の失敗でも笑っていられる強い人だった今でも死んだのが嘘のようだまぁ、あの世とやらで「頑張れよ〜」とでも言いながら笑ってそうではあるがそんなわけで俺は実家に戻って無事に葬儀も終えて実家の三階ベランダから夜空を見上げている頭にあるのは明日からのこと親父が死んで働き手がなくなったのだから親父がやっていた店を引き継ぐか、どこかの見入りのいい仕事を見つけてくるかしないといけない「考えても仕方ないけどな・・」再び答えのでない悩みに没頭しようと考え、顔を下に向けたとき視界の先にそれは目に入ってきたまさに絵になるといった美人が天体望遠鏡を覗き込んでいた家の位置で言うと斜め向かいの家だ俺はしばらく見とれながら心踊るのを感じた。 < 描きたい!あの女性を!! > ただその一心で家の中へと戻り、実家に帰るにあたって持って帰ってきた画材道具一式をベランダまで運んだ。イーゼルを設置し、早速絵を描き始めると今までにないほどに自分が絵に没頭していることに気がついた何しろ完成までにほとんど意識のない状態と言っていいような有様だった絵を描き終えた俺はほとんど無意識に後ろの床へと転がった「そこの君、満足したかね?」「っ!?」ふいに声をかけられた声の方向や声質から考えて十中八九、さっきまで目の前のキャンパスに描いていた女性だろう俺は起き上がり、引きつった笑い顔を彼女に向けた正面から捕らえた彼女の特徴は眼鏡にキリッとした目、くせっ毛らしい長く綺麗な髪、10人中9人は間違いなく美人と判断するだろう容姿だ。「あははは・・」俺は焦った当然だろう、よく考えりゃ覗き紛いの行いをしたことになる「さっきまでのはその・・別に不埒な考えあってことじゃないんだよ、ホントに!信じてといっても難しいかもしれないが」必死に弁明する俺、正直すっげぇカッコわりぃ「あぁ、わかっているよ。邪な目線じゃなかった。そして、何よりそのキャンバスがある。」そう言って彼女は俺の目の前にあるキャンバスを指差した。「まさかわざわざイーゼルなどを持ち出し、しかも真剣な顔で覗きをするような輩はいないだろう。・・・しかし、まぁそれだけの熱視線を浴びた代償ぐらい求めてもいいだろう?」言葉の後半で微笑みを浮かべた彼女は天使の顔をした悪魔に思えた。「・・何が望みだ?」状況的に間違いなく俺が加害者なので、仕方なく要求を求めた。すると彼女は「君が描いた絵を見せてくれ。被写体になった者としてはそれぐらいの権利はあるだろう」
正直、自分の絵は人に見せれるレベルの絵だとは思っていない
だが、見せないという選択肢がないんだから仕方ない
「わかったよ。でも人に見せれるほど上手いわけじゃないし、期待しないでくれ」
俺は嘘偽りない心で言った
「あぁ、心配ないよ。自分が他人から見てどう映ってるのか、君がどんな絵を描くのか。
それに興味があるだけだよ。」
「わかったよ。」
俺は肩を竦めて返事をした
「どうやって見せる?さすがにまだ乾いていないキャンバスを動かすわけにはいかない
し、明日にでも見せにいこうか?」
「そうだね。今からそこに行かせてもらうってのはどうだい?」
「は?」
「被写体がいないにしろ背景は今を描いているんだ。今そこから見るのが最適だとは思わ
ないかい?」
「いや、そりゃ言わんとしていることはわかるけど、こんな時間に女が男の部屋にあが
るってのは人道的にあまりいいとは言えないだろ」
今の時間は夜11時
一般的に考えても夜が耽っていると判断して間違いない時間だ。そんな中の申し出であ
る、もちろん人としてまた男として断るのはまったく自然じゃないか
「ほぅ、まぁ一理あるが、君は私をどうこうするような人間じゃないことはわかるさ。も
しも仮に手を出されたとしても叫び声をあげれば非難されるのは君だろうさ」
爽やかな顔で清々しくもそんなことをのたまった彼女は席を立ち、指で下を指す
「ではそちらに行くから入口で出迎えてくれるかい」
「あぁ!わかったよ!!言葉じゃ敵いそうにない」
俺は結局彼女の口上に負け、仕方なく部屋をおりて家の玄関へと向かった。
夜遅いということもあり、ゆっくりと玄関の扉を開け、家の前に立つことおよそ5分ほどで彼女はやってきた。
俺は何とはなしに彼女の髪に目をやった
「ん、これかい?さすがに人前に出るに当たって身嗜みを整える代わりみたいなもんさ。
髪留めまで持ち出すのは億劫だからあげてみたのさ」
「なるほど、ね」
話している印象ではそういうことに関心がなさそうだが、人は初見程度で計れないもの
だ。
「では早速案内してもらおうじゃないか」
彼女は茶化すよう王女が騎士に手を差し出すかのような仕草をした。
「ぷっ、はははっ」
異様なまでにその仕草が似合っていたので、思わず吹き出した。
「はっはい、わっわかりました。お姫様」
まだ込み上げる笑いを堪えながら騎士のように頭を垂れてお手を拝借すると、彼女も笑み
を返した。
二人はそのまま手を握り合い、真っ直ぐに三階のベランダを目指した。
三階へと上がる最中に母親の様子を窺ったが、夜も耽っているので昼の疲れもあって、すっかり寝静まっている。変な勘繰りを受けなくても良さそうだ。俺は少しの安堵感とともに三階のベランダへと達した。「さぁ、あれがさっき描き上がったやつだよ。人に見せるのは恥ずかしいわけだけど。」俺はベランダに設置されたイーゼルを苦笑いとともに指差した。「私は自分で望んで見るんだ、後悔なんてしない。それに・・」彼女は僕の横を通り過ぎキャンバスを覗きこみ「これはいい絵だと思う。どこか引き込まれるよ。しかし・・なるほど、君には私がこうゆう風に映り込むわけだ。」言葉の最後に多少の冷やかしを含めて彼女はいった。「そ、それは」俺の描いた絵で一際目立つように描かれているのは言うまでもなく目の前の彼女だ。絵の彼女を一際目立つように神秘的に大胆に見えるような光彩で描いた「望遠鏡を覗き込むときの君の横顔が楽しそうに見えたから、そういうイメージで描いてみたんだよ」「楽しそう、か。私にそういう評価を下すのも君が初めてだよ。」「そうなのか・・。あ、そういえば名前まだ聞いてなかったか。俺は奏木 郁斗(カナギ イクト)だ。」「私は白井 穂(シライ スイ)だよ。人にこのような形で名乗るのも久々な気がするよ」「大学生に見えるんだけど・・大学で名乗ったりはしないのか?」「しないな。大学の学業は以前に終了しているから研究の発表の場としてしか訪れないよ。」「け、研究だけっ!?しかも卒業しているってのは一体・・」「飛び級というやつさ。イギリスの大学を16才で卒業してきたんだよ。ちなみに君の抱えているであろう疑問に答えると、今は21だよ。」「はぁ・・なんというかそんな人間が実際にいることに驚きだ。っともう絵も見たことだし玄関まで送るよ。」「ああ、そうだね。もし良かったらまた絵を見せてくれないか?いや、君は見慣れないからいつまでここにいるんだろうか?」「そうだなぁ。まだ何も決まってないな。それを考えながらここに座ってたから。」「それじゃあ決まるまではここにいるわけか。」「そういうことになるかな。ここの仕事をするかもしれないし、大学に戻ってバイトしながら卒業を目指すかもしれない。全部これから決まることだな。」「私は君がここにいれるだけいてくれることを願うよ」「な、なんでだよ」「君はいい意味で面白い人なんだ。私にとっては、ね」「はは、俺にとっても面白い人だよ。」しばしの談話を交わし、郁斗は穂を玄関まで送った。「それではまた・・え〜っとそういえば君は私より年上なのかな?そうだとすれば大変失礼な言葉遣いをしてしまってすまないが。」郁斗はキョトンとした顔をし、すぐに笑い出した「はははっ、たしかにそうだな。それはお互い様ではあるけどね。俺は20才だ。おそらくではあるが、学年という考え方だと同級生かな。」「じゃあ〈郁斗〉と呼ばせてもらってもいいかな?」「ああ、構わないよ。じゃあ君のことは何と呼んだらいいのかな?」「そうだな・・私だけ名前で呼ぶのは違和感があるだろう。穂と呼んでくれればいい」「わかったよ、・・穂」「また話そう、郁斗」そうして二人はお互いに別れの言葉を告げた。そんな二人をまだ暑い夏の夜空が眺めていた。